『原石の2人の女の子。まさにクレイジーダイヤモンド。』

このお話は続き物ですので、
前回のまでの記事を先に読んでいただくと流れがわかりますので是非どうぞ。
吉井(ロビン)千博の記事

お手伝いしていた映像会社が事業ドメインをシステム制作に振り切ったことで、
映像系のスタッフが切られることに。吉井もこれで契約終了となります。
こうなったら自分でやるしかない!とクビになった子達を引き連れ、
現在のwillplantの原型が出来上がったというのが前回の話の最後でした。

Willplantのはじまり

 もともと吉井少年は小さい頃からアニメ、漫画、音楽、舞台、粘土いじり、絵を描く、など
体育と音楽と図工に全パラメータが振り切られていたタイプですから、
すでに「映像制作の仕事おもしれー!!」になっていました。

 なによりも、自分が自信をもって売りたい商品を、自分たちが作って売る。
それが1番楽しい!テンションやべー!と気がつくのです。

しかし、クビになった子たちもいます。
そんな子達を放って置くことができない自分は、
「俺が引き連れていくわ!」と啖呵を切ったものの、
当時通帳にははリアルに5万円くらいしありませんでした笑

 初期メンバーの2人には、

「大変申し訳ない。月10万円で手伝ってくれないか。」と懇願。

この言葉に、快くOKをくれたのです。
(いつまでもは嫌ですよ!と言われましたが笑)

当時は2人とも20代前半。(懐かしい)

一人目

1人は専門学校卒の3年目。

アルバイトの頃から知っている子です。
この子はガールスカウトに9年所属し、
アメリカ仕込みのリーダー論を身体に染み込ませているデザイナー。

専門学校を終えたら、東京に行く。

と言ってましたが、当時この会社は飛ぶ鳥を落とす勢いでしたので、
(今は飛べない鳥になりましたが)

「絶対いい思いをさせていやるから、バイトから社員になれ!」

と役員でも無い私が勝手に就職まで持っていってしまいました(笑)
しかし、最悪の結末となってしまったので、

「自分自身の言葉の責任を取るために」

WILLPLANTに連れてきたのです。

ここでその本人を見れます。ぜひ意識の高さを見てあげて下さい。

二人目

もう1人は、専門学校時代から注目されていた映像のクリエイター。
某CM制作会社に入社したものの、2年で身体と精神を削られ、引きこもりになります。
その会社では一週間家に帰ることが出来ずソファ暮らしになることが度々だったそうです。

この子はもう本当に天才。

洋服タンスの中身が上から下まですべてゲームソフト。(ハードはすべて網羅)
野球少年が他のものに目もくれず坊主頭にしているかのような、ゲームに対するストイックさ。

さらに、

・四国は日本地図の右下にある。
・肉は焼かないほどうまい。
・パリって国じゃないんですか?

という数々の名言を残しているのです。

クリエイターになったきっかけは小学校のときにみた、ファイナルファンタジーのCM。
このヌルヌルした3DCGを作りたい。と思ったらしいです。
この子も、会社をやめたらまた引きこもる宣言をしていたので連れてきました。

ここでその本人を見れます。天才ぶりをみてほしいです。

パートナーは必要です

動画を見て分かる通り実はこの2人。

化け物級に技術が高いのです。

自分の人生で出会った、かけがえの無い宝物です。

この2人は露頭に迷う寸前の自分を救ってくれたメンバー。
今でもwillplantの核を担ってくれてますので、最後まで面倒をみたいと思っています。
これを読んでいる、社長になりたい、と思っている方は、
自分のジョブが勇者や戦士ならばぜひ、僧侶と魔法つかいを連れて歩くことを考えましょう。

特に、スタートアップ間もない社長や、フリーランスで1人仕事をしている方の多くは、

・経理は自分で出来ちゃうからやっています。
・人に頼むときの段取りをする時間がもったいない。
・人を雇うと、その分稼がなきゃならないから大変だ。

とよく耳にします。その気持もとても良くわかります。

月10万で手伝ってくれ。

と、2人も誘った人間が言えることでありませんが、月20万で天才が2人もついてきてくれました。
かっこよく言うと、情熱が伝わったんだと思います。

かっこ悪く言うと、

「ごめん金ないから我慢してくれ!そして俺を助けてくれ!」

と言葉にして伝えました。

1人で頑張る数年間よりも、2人の為に死にもの狂いにやった数年間。
そのほうが遥かに遠くに行ける準備が出来ていたのだと思います。
その未来が今ここにあります。

パートナーは、今いる街から、はるか遠くの街に行くためには大切です。

というお話でした。

吉井 (ロビン)千博

札幌で映像、web制作を行う有限会社willplantの代表。

メーカー営業→葬儀社に転職。9年勤めて退職。
家族でクルマに乗りながらチンタラとお仕事。
35歳でもう一度心に火がつき、北海道でブライダル映像業界へ。
トップの商品を作ったが、コロナで爆死したので次の文化作りの旅へ。
↑イマココ

WILLPLANT 公式
https://willplant.tv/

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